2017/09/21
訪問したMassachusetts工科大学の入り口近くの壁に,一枚の静物画が飾られていた。
その絵は,キャンパスに数本の瓶が描かれている,ただそれだけの静物画だ。全体的に配色は暗いのだが,見ていると何となく落ち着く不思議な絵だった。額の下の小さなプレートにGiorgio Morandiと,作者の名前が書かれていた。どこかで見たような,またどこかで聞いたことがあるような気のする画家の名前だ。暫く気になっていたので調べてみた。
Giorgio Morandi ジョルジョ・モランディ( 誕生1890年7月20日~帰天1964年6月18日)は,イタリア人の画家であった。ボローニャに生まれ,その生涯のほとんどを,ボローニャと避暑地のグリッツァーナ村で過ごした。モランディは,ボローニャのフォンダッツァ通りにあるアトリエの薄暗い部屋に閉じこもり,卓上静物と風景という限られたテーマに終生取り組み,絵画活動に勤しんだ。画家になる前は,小学校の先生をしていた。
そうだ、思い出した。日本で彼の美術展が開催されたとき,見たことがあったと・・・。そして,美術館の入り口近くに書かれていた彼のプロフィールを読んで,学校の先生だったんだと,親近感を覚えたことを記憶している。作品を観賞はしたものの,全ての題材が瓶であり,私の期待していたイタリア絵画とは違っていたので,足早に美術館を出たことを記憶している。
しかし,若い時には興味を覚えなかった画家の絵を,ちょっとした機会に興味を持つようになった。彼は,1914年からボローニャの小学校でデッサン教師となり,1929年までこの職にあった。その後1930年には,母校ボローニャ美術学校の版画教師となり,1956年までこの職にとどまった。
生涯,静物画を中心に,ひたすら自己の芸術を探求した画家の立場で独自の道を歩んだ。1920年頃からは、卓上の静物という,単一の主題をひたすら描き続けていく。描かれるモチーフは、テーブルの上に置かれた瓶、水差し、碗などの質素な容器類で、配置を変えながら同じ容器が繰り返し,キャンパス上に表現されていく。彼は,このように少しずつ作風を変えながら、主に瓶を50年も描き続けた画家だ。
作品の中には,対比してみないと違いが分からない絵もある。丁寧に塗られた瓶と荒々しい塗り方の瓶は,若干角度が違って描かれている。同じ構図でありながら,影がある瓶もあれば,影のない瓶もある。見れば見るほど引き込まれてしまう画面である。瓶を題材に,その瓶の配列を変えるだけで描きあげた彼のぶれない作品は,見るものに不思議な安心感を与える。私自身が気になって,彼のことを調べてみようと思ったのも,不思議な安心感がきっかけであった。
50年間,同じ題材に取り組んだ画家にしか表せない何かが伝わる彼の作品に,一度は出合って欲しいと,私は願っている。
Giorgio Morandi の言葉
「目に見えるものは、描けるのです」
「重要なのは、ものの深奥に、本質にふれることです」
深奥 しんおう
[名・形動]非常に奥が深いこと。また,そういうところや,そのさま。深遠。
例:「学の深奥を窮める」「深奥な哲理」
学校法人賢明学院 学院長 中原 道夫