2017/10/25

暗闇の中に気配を感じた。誰かがじっと，私を見つめている気がする。単に見ているのではなく，私の身体に染み入って来るように感じる目つきだ。暗闇に私の目が慣れて来ると，私を見つめているのは一匹の猫だとわかった。雲が流れると，満月が青白く輝く。周りを見るとたくさんの猫たちが，年に一度開かれる"ジェリクル舞踏会"に参加するため集まって来ていた。今宵は，長老猫が最も純粋なジェリクルキャッツを選ぶ特別な舞踏会だそうだ。

人間に飼い馴らされることを拒否し，逆境に負けずしたたかに生き抜き，自らの人生を謳歌する強靭な思想と無限の個性，そして行動力を持つ猫，それがジェリクルキャッツだそうだ。再生を許され，新しいジェリクルの命を得るのは誰か。夜を徹して歌い踊る猫たちに，やがて夜明けが近づき，ナイフで切りさけそうな静寂のなか，天上に上り新しい人生を生きることを許されるただ一匹の猫の名前が，宣言される。

その名は「グリザベラ」

ミュージカル『キャッツ』の代名詞ともいえる『メモリー』を歌う「グリザベラ」は，原作には存在しない上に，『メモリー』という歌も原作にはない。暗い過去を背負い救いを願うこの猫に，私は聖書に出て来る“罪びととされた女性を”を連想した。

猫の姿を通してわかることは，猫の姿とわたしたち人間の姿は同じだということ。

猫からのご挨拶　（THE　AD-DRESSING　OF　CAT）で長老猫は訴える。猫は求めるのだ唯一の名を，猫は求めるのだ高貴な魂を。みなさん，自分本来の姿を探してみよう，しかしそれは，簡単なことではない。猫は，簡単にシッポを振ってはくれない。敬虔な心で，本来の自分の姿を考え，努力しよう。そうすればやがて，猫の本当の唯一の名前を呼べる自分を，見つけるはずだと呼びかける。

普通に使われる名前は：ベティ、メリー、フランク、トム：しかしこれらの名前は，気楽に付けられて平凡すぎる。貴族的な名前は：クレオパトラ、メディア、エリザベス、シーザー：やっぱり平凡である。

猫が求めている名前は：マンカストラップ、コリコパット、ボンバルリーナ、ジェリーロラム：威厳があって誇り高い名前である。しかし一番重要な，唯一の名前である本当の名前は，隠されたままになっている。この名前は，人間には見つけられないし，猫自身は絶対に言わない。だからこの状況で猫に名前をつけるのは，とても難しいことなのだ。

次号へつづく

ミュージカル『キャッツ』の原作者

Thomas Stearns Eliotトマス・スターンズ・エリオット

生誕　　1888年9月26日

帰天　  1965年1月 4日

イギリスの詩人，1948年度のノーベル文学賞を受賞。劇作家で文芸批評家。

代表作に，詩『荒地』（The Waste Land、1922年）、詩劇『寺院の殺人』（Murder in the Cathedral、1935年）、詩劇論『詩と劇』（Poetry and Drama、1951年）などがある。

1939年、児童向けの詩 『キャッツ - ポッサムおじさんの猫とつき合う法』を発表した。ポッサムおじさんは，エリオットのあだ名である。エリオット没後にこの詩は，ミュージカル『キャッツ』の原作となった。

学校法人賢明学院　学院長　中原 道夫