優しい心を育むカトリック教育

2019/12/07

神の愛

聖書は,「人の価値や尊さは,人の評価で決まるものではない」と教えます。「神様がこの世界の全てを創造し,その中でも私たち人間を,神様ご自身の性質に似せた者として,全く自由な,人格ある特別な存在として造り,特別な愛の交わりの中に置いて下さった」と教えます。つまり,人間を造られた神様が,私たちのことをあるがままで受け止め,尊く,価値ある存在として見なして愛して下さると,いうのです。美しいから愛する,何かが出来るから愛するというのではなくて,神様は私たちの存在そのものを,愛して下さるのです。

 

聖書は,「ここに人間の価値の土台があるのだ」と教えてくれています。

 

Angels we have heard on high Sweetly singing oer the plains,

And the mountains in reply Echoing their joyous strains.

 

Gloria, in excelsis Deo!   Gloria, in excelsis Deo!

 

天(あめ)のみつかいの うた声ひびく  星かげさやかな まき場の空に

グロリア インエクシェルシス デオ  グロリア インエクシェルシス デオ

 

 

クリスマスの夜に,神様の愛が明らかにされました。野宿していた羊飼いたちに,この喜びの知らせが真っ先に届けられたと,いうのです。当時の羊飼いというのは,一般の人々からは,卑しい身分の者と思われていました。特別な教養がなくても羊飼いにはなれましたし,現に羊飼いの中には,職にあぶれた「ならず者」が少なからずいたようです。彼らは人々から「神様から見捨てられた者」と決めつけられ,軽蔑され,社会の片隅でひっそりと暮らすしか術がなかった人たちです。そういう羊飼いたちに,「あなたがたのために,救い主がお生まれになった」という知らせが,真っ先に届けられました。これは,イエス・キリストのもたらす救いが,どういう救いであるのか,どういう人々に与えられる救いなのかを,表していると思います。イエス・キリストの救いは,呼び求める全ての人々に提供される救いなのです。地位や名誉や学歴や資質には,全く関係ありません。「たとえ人々からどんなに冷たく扱われていたとしても,また人々からは全く存在価値が認められていなくても,このイエス・キリストの救いから漏れることは決してない。」これがクリスマスのメッセージです。

 

御使いは,羊飼いたちにこう言いました。「今日ダビデの町に,あなたがたの為に救い主がお生まれになった。この方こそ,主メシアである。」と。

 

私たちを喜びで満たす為に,あなたらしく輝いて生きることが出来るように,イエス・キリストはこの世にお生まれになりました。このことを,私たちが心を開いて受け入れること,それこそが,大切なのではないでしょうか。

 

学校法人賢明学院 学院長 中原 道夫