優しい心を育むカトリック教育

2020/02/27

科学の進歩と遅滞

マスクを着用している人が街を行きかう景観は,幼いころに見たSF映画にそっくりだ。タイトルは忘れてしまったが,原因不明の病気が街に蔓延し,人々は安全な土地を求めて荒野をさまよいながら,新種のウィルスや怪獣と戦う映画だったと記憶している。その映画のPROLOGUEの場面がマスクをし,防護服やガスマスクに身を包んだ人々が,街をさまよい歩いている場面だったと記憶している。

 

 

新型のコロナウィルスの感染によって,国際社会に「危険な国,日本」と言う代名詞が付けられてしまった。日本への渡航は,注意が必要と指示が出される国が増えた。治安が素晴らしく,清潔で安全で,おもてなしの心の国と言う代名詞は、すでに過去のものとなってしまった昨今だ。

 

科学がこんなに進んでも,ウィルス対策が常に後手になってしまいがちな事から,これからの国際社会の問題は,国際的協力体制や一致の仕方という課題が,私たちに課せられたと痛感している。グローバル化の時代と叫ばれているにもかかわらず,一致と協力はこんなにも難しい事なのだろうか。治療薬の開発や,最前線で治療に当たっておられる医者や看護師の献身的な働きを知ると,人間の素晴らしさを感じると同時に,科学の未発達の部分も垣間見えた気がする。同時に,ウィルスに対しての人間の弱さも痛感する昨今の社会情勢だ。

 

これからの時代を担う若者たちが,真の意味の国際協力を実現してくれると信じ,今学ぶべき基礎基本を充実させるべきであると決意を新たにしている。

 

コンピューターの進歩によって,多言語の翻訳等に関しては,科学の粋を究めれば近い将来何の問題もなく実現するだろう。人手不足から,あらゆることが人の手を介さなくても出来るようになるのは目に見えている。コンビニの完全無人化もその一つだろうが,人の心を理解する能力は,AIが可能にする領域とは思えない。

 

科学が進歩すればするほど,思い出したい言葉がある。それは,一代で世界のホンダを創設した本田宗一郎氏の言葉だ。

「進歩とは反省の厳しさに正比例する」

「才能がハシゴをつくるのではない。やはり熱意である」(本田宗一郎)

 

現代社会の最先端にあるすべてのものは,失敗の上に成り立った成功である。失敗なき進歩はないといってよいのではないだろうか。問題点を洗い出し,それを改善していく。その“反省”の繰り返しによって進歩は生まれて来たといえるのだろう。

 

批判しかできない人は,自己責任を感じない人なのではないだろうか。ノーベル賞受賞者が共通して口にしているのは,「今までの失敗と反省とやり直しが今の科学です」という言葉だ。人は自分には甘くなりがちだ。自分に甘ければ,問題点の洗い出しも甘く,改善も甘くなり期待する進歩は得られないだろう。だからこそ,自らに厳しく“反省”することが、“進歩”度合いを左右するわけで,「自らに厳しくすること」なしに成功を手に入れることはできないのだろう。

 

年度末,まずは自分に厳しい三月を迎えたい。 

 

学校法人賢明学院 学院長 中原 道夫