2017/06/13
2017年6月13日 (青水無月)
「ゆうちゃん。先生にちゃんと言いなさい」
姉のような口ぶりのマキちゃんの横で,頬を赤く染めたゆうちゃんは,もじもじしている。
暫くの沈黙が続いた後,マキちゃんが説明しだした。「先生。ゆうちゃん日直をずっーとずっーとサボってるんですよ。怒って下さい。」
「そうか。なんでサボったの。」ゆうちゃんは口を閉ざして,下を向いたままだ。こうなれば,持久戦になるなぁーと思っていると,ゆうちゃんがやっと口を開いた。「先生。僕,一週間連続日直します。」これは本人の反省が込められた,意を決しての言葉と受け止める事が出来た。私の古びたノートには,確かにゆうちゃんが一週間日直を続けた事は書かれているが,理由は書いていない。
そんなゆうちゃんが40年ぶりの同窓会の二次会で,男子だけになったとき,この事を自分から切り出した。「みんな知ってた? 僕,日直の当番のカード,破って捨てといてん。」「日直,ほんまに嫌やってん。」当時,画用紙の四分の一ほどの大きさの紙に,児童の名前を書いてカードを作り,日めくり方式で日直当番を回していた。その名前カードが,日直カードである。
現在,有名ブランドの責任者になっているゆうちゃんが,当時を思い出した告白に,同級生たちは少々戸惑っていたが,「へえーっ。」と一言,それ以上話は展開しなかった。それもそのはずだ。当時のクラスの子どもたちは,ゆうちゃんが日直をさぼっている事をみんな知っていた。そして私も確かに知っていた。しかし何故あの時、みんながサボリ名人を追求しなかったのか,そして攻めなかったのか・・・・・不思議な出来事だ。
これは長い時を経て,大人になった今だから言える彼の告白だと思う。自分が悪かった時,また間違った時,少しはにかみながら正直に,素直に謝ることのできる彼を,みんなは温かい気持ちで見守っていたのだろう。 人を大切にする事の出来る,そんな素敵なクラスだったと,今,改めて思う。ゆうちゃんもこの事をずっと記憶にとどめ,今日さりげなく告白したのも,久しぶりにみんなの温かい心を感じたからであろう。
しかし,彼自身の記憶はあいまいだ。ちゃんと自分でつぐないを申し出た事は忘れている。すでに40年前につぐないは終わっているし,誰ひとり君を責めていた子はいなかった。あの厳しかったマキちゃんも,ゆうちゃん,君をちゃんとさせようとする,姉のような気持ちだったんだと私は思っている。背がすらっと高かったマキちゃんの横では,ゆうちゃんは弟みたいにクラスの仲間には映っていたと思う。
『友情は神の楽園の中でも実を結ぶのが一番おそく,
長い年月を経てようやく熟する果実である』
ラルフ・ワルド・エマーソンRalph Waldo Emerson
生誕 1803年5月25日
帰天 1882年4月27日
アメリカ・マサチューセッツ州出身の思想家、18歳でハーバード大学を卒業。哲学者、作家、詩人、随筆家。
1850年代,奴隷制に一貫して反対の立場を取り講演活動を行い政治にも影響力を拡大。リンカーン大統領にも面会している。
プラトン・カント・東洋哲学などを吸収した独自の思想は,ソローやニーチェ、日本では宮沢賢治や北村透谷,福沢諭吉などの思想家や詩人,文学者に影響を与えた。