優しい心を育むカトリック教育

2017/10/31

6年生の沖縄平和学習

 

 10月18日から20日までの2泊3日の沖縄への修学旅行は,子どもたちの心に残る体験となりました。

 ひめゆり平和祈念資料館では,沖縄の地上戦の悲惨さを体験者から聞き,沖縄平和資料館では,平和の礎で,戦没者の方々に全員で祈りを捧げました。

 事前学習を重ねてきた本校の児童たちは,その過程で戦争についての悲惨なイメージは持っていましたが,現地の方々のお話や写真を通じて,それが鮮明になったようで,子どもたちの様子がいつもと違っていました。そう感じた理由は,そこに子どもたちの「真剣な姿」があったからです。じっくりと説明に聞き入る姿,写真から目を背けず向き合おうとする姿,多くの人々が敵に見つからないように息を潜めて隠れていたガマの中の暗闇を体験した際の,声も出さずにじっとかみしめている姿など,戦争の現実を受け止めようと懸命に努力する姿が随所に見られました。

 学校に帰ってから,修学旅行の振り返りの一環で「杉原千畝」の物語をVTRで見たときの,子どもたちの集中力と真剣さは先生方を驚かせました。全員が最後まで瞬きもせずに見入り,中には涙する子もいたそうです。きっと沖縄での戦争に関する学習体験の記憶が蘇り,子どもたちの心をとらえたのだと思います。

 今回の引率で,私も心が揺り動かされることがありました。それは,「ひめゆり学徒隊の引率教師たち」と題した特別展のブースで見た言葉でした。軍国主義の中,お国のために死ぬことは名誉なことと言われていた時代に生きた教師たちの苦悩がそこにありました。教え子を戦場に送り出した教師の後悔の言葉「あの場合はしかたなかったと,いくら言い訳をしてみても,それは言い訳にはならない」……私の心に突き刺さりました。戦後,教師たちは「多くの教え子を戦場に動員し死なせてしまった」という思いから生き残ったことを素直に喜ぶことができなかったと言います。

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 私だったら,どうするだろうか。どんな状況下にあっても,大切な教え子の命を守ることができるのだろうか。深い問いかけが,私の脳裏から離れませんでした。

 

 

賢明学院小学校 校長 北村 昌江