優しい心を育むカトリック教育

2018/10/18

「ロザリオ」と「ファティマ」

 

ポルトガルのコヴァ・ダ・イリア (Cova da Iria) にあるファティマ(Fátima)は,首都のリスボンから、約150km離れた山の中にある小さな村です。ファティマ (Fátima)に聖母がご出現なさったのは,第一次世界大戦さなかのことでした。

 

3人の子ども達が,聖母マリアのご出現を目の当たりにしたのです。一番年上がルチア(Lúcia)という10歳の女の子,次がルチアのいとこで9歳のフランシスコ(Francisco)という男の子,そしてその妹で7歳のヤシンタ (Jacinta)でした。彼らは祈ることは知っていましたが,まだ誰も読み書きを知らず出来ませんでした。1916年の春も終わりに近づいたころ,3人の子どもたちが羊を追っているときに,光の中から浮かび出た14,5歳の美しい若者と出会います。彼は自らを「平和の天使」と名乗り,子どもたちに自分と共に祈るように勧めます。子どもたちは,「自分たちの意志とは別の力によって,彼と同じように平伏して祈りました」と,後に証言しています。この2ヵ月後,同じ年の9月の終わりか10月はじめにも,天使は再び3人の前に出現しました。

 

天使は,子どもたちに,聖母マリアの未来のメッセンジャーたちのため熱心に祈ること,そして祈ることを知らない人々のためにも祈り,信仰も愛も持たない人々のために,償いをすることを教えました。

 

1917年5月13日,いつものように羊たちと家を出て,コーワ・ダ・イリアの丘で3人が遊んでいると,突然,非常に激しい閃光が走りました。雷だと思い,3人が家に帰ろうとすると,小さな柊(ひいらぎ)の木の上に,光そのもののように,輝く貴婦人が立っていました。あまりの眩さに目がくらみ,恐ろしさのあまり逃げだそうとすると,貴婦人は子どもたちにやさしく語りかけました。その方の衣は,真っ白で足までとどき,黄金で縁取られた純白のベールとなっていました。両手は祈るように合わせられ,右手にはロザリオがさがっていました。

 

貴婦人は,子どもたちに,これからの6ヵ月間,毎月13日に今日と同じ時間に,続けてここに来るようにと願われました。そして,世界の平和のために,毎日熱心にロザリオを唱えるようにと勧めてから,東の方に遠ざかり,太陽の光の中に消えていかれましたと,三人の子どもたちは証言しました。

 

素直な子どもたちの前に出現なさったマリア様の手に,ロザリオがあったことから,私たちはロザリオの月に,特に繰り返し同じ言葉で祈るロザリオの祈りを大切にし,祈り続けるのです。賢明学院でも10月をロザリオの月として,毎朝祈りを捧げます。

 

『アヴェ・マリアの祈り』

アヴェ,マリア,恵みに満ちた方,主はあなたとともにおられます。

あなたは女のうちで祝福され,ご胎内の御子イエスも祝福されています。

神の母聖マリア,わたしたち罪びとのために,

今も,死を迎える時も,お祈りください。  アーメン。

 

ルチア(Lúcia)フランシスコ(Francisco)ヤシンタ (Jacinta)たちへの聞き取り調査から

「こわくありません。私は平和の天使です。私といっしょにお祈りしましょう」。そして自ら先にひざまずき,額が地面に着くまで身をかがめて,次の祈りを三度繰り返しました。「ああ,神さま,私はあなたを信じ,礼拝し,希望し,愛します。私はあなたを信じないもの,礼拝しないもの,希望しないもの,愛さないもののために,ゆるしをおねがいします」と。天使は身をおこして,「この通りにお祈りしなさい。イエズス様とマリア様のみ心は,みなさんの祈りの声に感銘なさるでしょう」と言って姿を消しました。 天使のことばは,強く私たちの心にひびき,絶対に忘れ得ないものとなりました。それからというものは,私たちは天使のように身をかがめて,全くつかれ果ててしまうまで,教えられた通りに繰り返し,繰り返し祈りました。神の現存がそれほど深く身近かに感じられましたから,私たちは互いに話す勇気もありませんでした。翌日も私たちの心は同じ雰囲気に包まれていました。それが消え去るまでには長い時間がかかりました。

 

学校法人賢明学院 学院長 中原 道夫