優しい心を育むカトリック教育

2019/04/12

新しい年

『昭和,平成,令和』と,三時代を生きる事になった。こう聞くと立派な翁の話のように思えるが,たかが60余年の人生で,三時代を生きる事になるとは,私は思いもしなかった。

 

元号が平成になる時は,天皇陛下の崩御に伴っての新元号制定だったので,すべてが自粛されていた。盛大に祝うべき何百周年の記念事業やCOMMERCIALまで,自粛していた事を思い出す。一方今回の元号制定は,お祝いムードいっぱいだ。これからの何かしらの期待が,このお祝いムードになっているのだろう。一般庶民のわれわれへの具体的な影響と言えば,書類の平成の元号の所に,訂正の二重線と新元号の令和がセットされたゴム印を,押す事ぐらいだろう。そういえば,平成に変わった時は,元号が必ず書類に記載されていたので,この二重線と平成の元号がセットされたゴム印が多用された。しかしそのゴム印も役割を瞬く間に終え,いつしか忘れ去られ,何処かに消滅してしまった。時代の変化は,このゴム印に似ているように思える。変化の当初は,議論されたり,持て囃されたりするが,ときがたてばそんな議論もなくなり,新たな状況すべてが当たり前として受け入れられ,時は流れていく。

 

変化を受け入れ素直に準じていくという力を,人間は能力として,生まれながらに兼ね備えているのではないだろうか。しかしこの変化に,嫌悪感を覚える人がいても当然だし,また逆に変化を率先して受け入れ,上手く自分を変革していく人もいるのが現実である。どちらが良いとか悪いとかではなく,このように対極にありながらも,人間が本来備え持つ能力によって,いつしか一つになっていく事が出来得るのかもしれない。

 

一筋の川の流れは,岩に当たる事によって,二つに分かれる事があるが,この岩を過ぎればまた一つの流れとして合流し,穏やかなそして雄大な流れとなる。人間はこの川の流れのように,他人との考え方の相違や異論も,いつしか合意し解決する事を期待しながら,日々時代を創造していくのだろう。

 

 

方丈記『ゆく川の流れ』鴨長明

 

ゆく河の流れは絶えずして,しかももとの水にあらず。

よどみに浮かぶうたかたは,かつ消えかつ結びて,久しくとどまりたるためしなし。

世の中にある人とすみかと,またかくのごとし。

 

学校法人賢明学院 学院長 中原 道夫