優しい心を育むカトリック教育

2019/08/20

師道 4の1

大先輩の先生に,久しぶりに会った。私が10歳の時に初めてお会いしたから,50年以上のお付き合いとなる。先輩の姿からは,時の過ぎ去りが感じられなくて驚いた。年齢を感じさせない,はつらつとした元気な姿に安心したのと同時に,「自分も教育者の端くれとして,原点に戻らないと」と思った。別れ際に先生から,一冊の本『コルチャック先生のいのちの言葉(明石書店)』を頂いた。帰宅して読んでみると,学生時代に知っていた表層の知識や教育活動とは異なった,奥の深いものを感じる事が出来た。これは,数十年の教育現場の経験から,文章の業間を読み取る事が出来た結果かもしれないと思う。

 

 

この夏,多くの学生が教育職を志望して採用試験に挑戦しているが,私が読んだこの本は,彼らに読んでほしいお勧めの一冊である。筆者のJanusz Korczak,先生は,子どもの権利という概念の立役者だと言える。

 

彼は,次のような言葉を残している。学習指導要領が2020年から改訂されるが,教育方法や技術以前に,根幹にある教育精神を,もっともっと私たちは学び直すべきだと思う。

 

≪Janusz Korczak,先生の言葉≫
世の中には,おそろしいことがたくさんある。
しかし,最悪なのは,子どもが親や教師をこわがる場合である。
子どもはだんだん人間になるのではなく,(生まれながらに)すでに人間である。
理性に向かって話しかければ,それにこたえることもできるし,
心に向かって話しかければ,感じることもできる。

 

ヤヌシュ・コルチャック(Janusz Korczak, 1878年7月22日~ 1942年8月)本名ヘンリク・ゴルトシュミット(Henryk Goldszmit)は,ポーランドの小児科医,児童文学作家で教育者。ユダヤ系ポーランド人。ロシア領下のワルシャワで弁護士を営む裕福な同化ユダヤ系一家に生まれる。1891年からワルシャワのギムナジウムに通い,ラテン語・ドイツ語・フランス語・ギリシア語を学んだ。子どもの権利と子どもたちの完全な平等のために活動した先駆者。

 

第一次世界大戦(1914-1918年)が勃発すると,コルチャックはウクライナ前線の野戦病院へと送られ,従軍医師として働いた。戦争に巻き込まれて負傷した子供たちの運命を見た彼は,強い印象を受けた。

 

時が経つにつれ,コルチャックの医者としての活動は次第に減り,教育に関して,理論と実践の両面に情熱が傾けられた。『医療は病気を予防したり治したりはできるが,人々をより善い個人へと変えることはできない。』と気づいた彼は,個人に影響を与え,結果として社会環境を改善するチャンスがある教師/教育者として働くことを選んだ。『世界を改善するには,まず教育を改善しなければならない。』

 

1939年9月。ドイツ軍のポーランド侵攻により第二次世界大戦が勃発。ドイツ国防軍が,ワルシャワを占拠。1940年10月,ドイツ軍はワルシャワにユダヤ人ゲットーを設立する。1940年11月に,コルチャックの孤児院はゲットーへの移住を命じられ子ども達とともに,ゲットーへの橋を渡った。 ・・・・・ トレブリンカ強制収容所跡に建立されたここで犠牲になった人々の出身地名を刻んだ約17,000の岩のなかにひとつだけ,“ヤヌシュ・コルチャックと子ども達” と、コルチャックの個人名が刻まれている。

 

強制収容所で,子どもと共に最期を遂げた一人の教育者を思い出して,指導要領の改訂に準じた教育活動を展開したい。ゲットーへの収容を特赦されていたにもかかわらず,子ども達と共に歩んだ雄姿は,忘れてはならないだろう。

 

学校法人賢明学院 学院長 中原 道夫