優しい心を育むカトリック教育

2019/09/21

品不足の連鎖 (前号の続き)

1960年代から70年代にかけて,一次エネルギー源は石炭から石油への転換が進み,日本では石油をエネルギー源とする割合は,全体の77%(77.4%)となっていた。石油は安価で,しかも量的にも必要なだけ供給されるものと信じ,安心して石油資源に頼りきっていた。ところが,第4次中東戦争の勃発に伴うアラブ産油国(OAPEC)の石油戦略により,先進諸国の経済は混乱し,石油依存度の高い日本経済は大きな衝撃を受け,高度経済成長が終焉した。

 

そんな社会情勢の中で起こった「トイレットペーパー騒動」の発端は,マンモス団地をかかえた大阪千里ニュータウンのスーパーマーケットだった。前年からのパルプの輸入価格の上昇や,渇水による製紙工場の操業短縮などのために,紙価格はジリジリと上がっていた。その状況の下で,産油国の原油価格の大幅引き上げ決定を受け,通産大臣が「紙節約の呼びかけ」を1019日に発表したため,10月下旬には「紙がなくなる」という噂が流れ始め,買いだめをする人が増えていっていた。1031日朝,中曽根康弘通産大臣(当時)は,特集「紙不足はどうなる」を取り上げたテレビ番組に出演して,「紙の使用合理化運動」をもとに,紙節約の協力を求めた。「節約」の呼び掛けは,視聴者には「紙がなくなる」と受け止められた。

 

 

この番組を見た主婦たちは,「トイレットペーパー安売り」のチラシを見て,とりあえず生活必需品のトイレットペーパーを買い急ぐために,近所のスーパーに早朝から出掛けた。スーパーでは次第に行列ができ始め,開店時間には200人以上が並んでいたと記録されている。開店と同時に主婦たちは,トイレットペーパー売り場に殺到し,1週間分の在庫は,わずか1時間で売り切れてしまった。スーパーは,商品不足のクレームに対応して,在庫品の高級トイレットペーパーを並べたところ,それもたちまち売り切れた。これがニュースで,「トイレットペーパーを2年分買いだめした主婦の話」として写真入りで報道され,追加で用意した高級トイレットペーパーが売り切れた事を「あっと言う間に,値段は二倍」というふうに報じた。ここから「トイレットペーパーがなくなる!」という噂が広まり,トイレットペーパーの買い占め騒動が,全国に急速に広まった。その上トイレットペーパーばかりでなく,洗剤・砂糖・塩・醤油など,生活必需品ほぼ全ての商品で買いだめ騒ぎが起こり始め,企業への石油電力供給は制限され,テレビの放送時間も短縮され,街からネオンサインが消える事となったこの出来事は,鮮烈な印象として,今も記憶にある。

 

「石油の供給制限による生産削減で,モノ不足が発生する」という噂が,モノ不足だけでなく,モノがなくなるかも知れないという不安心理を人々にもたらした。「石油が値上げしたから,・・・が値上げになるらしい」とか,「・・・がなくなるらしい」という噂が広まり,「今のうちに買っておかなければ,モノがなくなる」という不安がさらに不安を呼び,噂があっという間に口コミで広がり,消費者が我先にと殺到している映像がテレビ画面から全国に流れると,それらは真実としてさらに多くの人の不安を煽り,トイレットペーパーばかりではなく,諸々の日用品の買いだめへと広がり,大混乱に陥るパニックという結果となったわけだ。

 

当時のマスコミと言えば,新聞・テレビ・ラジオしかなかったが今の時代はSNSの力で,一瞬で噂によってパニックを引き起こす事は,自明の理だと思える。消費者が賢くならなければと,つくづく反省させられた出来事ではないだろうか。

 

私たちは今,LINEfacebook・インスタなどの情報に,強くなっているのだろうか。それとも,操られているのだろうか。真実を見抜く力を,しっかりと身に着けておきたいと考える。

 

『焦ることは何の役にも立たない。後悔はなおさら役に立たない。

焦りは過ちを増し、後悔は新しい後悔をつくる。』  Johann Wolfgang von Goethe

 

ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(1749年~1832年)ドイツの詩人,劇作家,小説家,自然科学者(色彩論、形態学,生物学,地質学,自然哲学,汎神論),政治家,法律家。ドイツを代表する文豪。ドイツの詩人,劇作家,小説家,自然科学者,政治家,法律家。代表作は『若きウェルテルの悩み』『ファウスト』など。

 

学校法人賢明学院 学院長 中原 道夫