優しい心を育むカトリック教育

2017/02/13

BULLETIN 2月号 「高山右近列福式」

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保護者の皆様もニュースや新聞でご存知のように,2月7日にユスト高山右近列福式が大阪城ホールで行われました。YouTubeで生中継されましたので,ご覧になった方もおられるかもしれません。本校からもカトリック研究会の生徒15名,聖歌隊7名を含め30名が参列しました。学院全体では園児,児童,保護者,教職員を合わせると,約70名に及びます。また,全国,全世界から集まった人は1万人,会場がほぼ満席となるお祝いの式となりました。

カトリック教会ではイエス・キリストにならった人生を送り,信仰の模範となる人を「聖人」として尊敬していますが,聖人に認定される前の段階を「福者」と呼んでいます。しかしながら,聖人と福者に優劣の差があるわけではありません。昨年1月21日に教皇フランシスコは,信仰に殉じたユスト高山右近を列福することを承認されました。

高山右近はキリシタン大名として知られていますが,1552年に今の大阪府豊能町に生まれました。12歳の時に父ダリオ飛騨守と共に洗礼を受け,21歳で高槻城主となり,信長,秀吉も一目置く優秀な武将でした。その後,1587年豊臣秀吉による伴天連追放令,1614年徳川幕府によるキリシタン禁教令など,数々の試練に耐え生涯信仰を守り抜きました。地位も領土も財産も捨て,小豆島,金沢,そして最後はマニラへ追放され,1615年2月3日にその地で病死します。

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列福式は教皇フランシスコ代理の教皇庁列聖省長官アンジェロ・アマート枢機卿の主司式で荘厳に進められました。司教団30名,司祭団200名以上が,全員同じ殉教者を表す赤の祭服で祭壇を大きく取り囲む様子は,列福式にふさわしいものでした。列福の儀は,岡田武夫東京大司教が枢機卿に列福の請願をし,枢機卿がそれを受ける形で教皇書簡を朗読して,高山右近が福者の列に加えられたことを宣言されました。ここで新しい肖像画が除幕され,賛美の歌が聖歌隊によって歌われました。

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私はこの列福式に参加して,まず右近の信仰を考えました。右近は拷問を受け激烈な死を遂げた殉教者とは違います。しかし,30年近くの間,死を覚悟して信仰を守りました。心が揺らぐ日もあったかもしれません。しかし,神に全てを委ね,自らの持つものを一つひとつ捨て去ることによって強められていったと思います。「貧しい人々は,幸いである。」(ルカ6:20)と言うみ言葉に呼応する生き方です。

もう一つ,列福式で感動したのは聖歌隊です。本校を含めた近畿カトリック学校の生徒220名,一般参加300名の聖歌隊は,当日の朝しか全体練習ができなかったと聞いています。しかし,普段歌う機会がある聖歌だけでなく,右近のために作られた聖歌も心に響く合唱でした。

それから,この列福式に先立って,2月4日に高山右近似顔絵・川柳入賞者表彰式が玉造教会でありました。2000通近い応募があった中で,本校から9名の佳作入賞者が出ました。その内,3名が表彰式に参加してくれたことも報告します。